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The Corona Times

素晴らしき哉、人生!-It's a Wonderful Life-

20151026の記録

自己管理
さて、昨日の結果報告です。

1026の目標
・起床時間 / 8:10
・就寝時間 / 0:00
 
・貿易入門書籍10トピック分読了
・夜シャン
・柔軟体操


結果
•起床時間 / 8:30
•就寝時間 / 1:30

貿易入門•••5トピック読了
夜シャン•••断念
柔軟体操•••断念


うわー初っ端から清々しいほどのダメぶり。


反省としては、
・朝は前日夜シャンしてた余裕で確信犯的に二度寝

・残業してしまい帰宅が22:00過ぎだった

・ごはん、洗濯物取り込みまではいいテンポで進んでいたのに、夜シャン前にベッドで一息、これがいけなかった。この時点で23:50位だった。

・ベッドで一息ついでにYouTubeで昔懐かしあんみつ姫のアニメを見てしまった。→1:00過ぎる。夜シャンを諦めて就寝…


まず、朝の意志が本当に弱くて毎朝自分にがっかりして目が覚めます。
先に言ってしまうと、今日も早く起きようと思いつつ普通に遅めに起きました。

今週末のブログはどうやったら朝起きれるかをテーマに書くことに決めました泣。

1027の目標
•起床時間 / 7:00
•就寝時間 / 0:00

・貿易入門•••5トピック読了
・夜シャン
・柔軟体操


さて、頑張れ自分!

20151025の記録

自己管理

転職時にやっていた1日の記録を復活させます。

この位ならiPhoneからでもアップできるし!
 
明日の目標
・起床時間 / 8:10
・就寝時間 / 0:00
 
・貿易入門書籍10トピック分読了
・夜シャン
 ( かつては夜シャン派だったのに、最近すっかり朝シャン派。やはり夜シャンのが健康にいい気がする。)
・柔軟体操
 
さて、明日も頑張れ自分!

自分のブログについて再整理

ブログ

ブログがすっかりご無沙汰です。

 
なぜブログが続かないのか、少し整理してみることにしました。
 
私は7、8年前にFC2で初めてブログを作成しました。
半年程して、デザインの可愛さに惹かれてamebloに乗り換えます。
ambloでは当初こそまめに更新していたものの、途中年単位で放置、思い出したように記事更新・・・を繰り返していました。
内容は基本的に日記の延長程度のもので、何か目的をもってブログを書いていたわけではありません。
そして今年、転職活動時に自己管理の一環としてブログを再開し、怒涛の連続更新をしていました。
転職活動時色々活動していたことや考えたことを整理するのに、ブログがとてもしっくり来て、改めて、お、ブログっていいじゃん!と実感した出来事でした。
そして、転職で環境や考え方がガラリと変わっていくこの時期をちゃんと記録に残しておきたいなと、心機一転はてなに越してきたわけです。
しかし、仕事が忙しくなったと同時にこのブログも早速の放置状態に・・・。
 
さてここで、
私は何のためにブログを書きたいの?ブログで何がしたいの?というそもそものこの「ブログの目的」を改めて考えてみようと思います。
 
1.読書、映画、舞台、自分が触れたものを記録して、その時考えたことを記録しておきたい。
2.行動、結果、反省を記録して、自分の目標達成の管理ツール、記録にしておきたい。
 
・・・・思いつくままに、こんな感じでしょうか。
 
どちらもある意味個人の日記帳で十分な、自分の為の理由ですが、
1は、第三者に公開する意識を持つことで、自分は何を感じ、考えたかを整理し、文章にする精度が格段にあがるというメリットがあります。
2は、これまた第三者に公開する意識を持つことで、書いたからにはやらないと!書くからにはやらないと!という意識が働いて強制力が働くことを期待しています。(意志薄弱・・・。)
 
うん、やはりブログを書いた方がきっと今よりいいはずだ。(と思いこむことにします。)
 
 
 
続かない理由と対策を私なりに考えた結果↓
 
 
物理的な理由
はてなブログの記事編集に慣れていない
放置期間はあったとはいえ、amebloとは7年程度の付き合い。
記事の編集はすっかりamebloに染まってしまいました・・・。
 
→amebloに戻るのも、ブログを続けるという目的を考えればアリ。
ただ、新しいものに慣れるにはある程度時間がかかるもの。
せめて20記事くらい書いた後にまた考えましょう。
 
・ブログを集中して書く時間がない
仕事家事に日常が忙しいというのもありますが、理由としては結婚したことが影響していると感じています。
実家にいた頃は自分の部屋があり、かつ、家族も基本私がパソコンで何をしてよーと放置してくれます。
しかし!結婚した今、個人の部屋はなく、パソコンで作業していればちょっかいを出しくるパートナーがいる!
ブログは個人の活動領域として死守したい私としてはまず家でブログを書きたくない。
外出先で書くにしても日常的にMac Book Proを持ち運ぶのは重くて現実的ではなく、自然とブログから遠のきました。
 
→外に気楽に持っていけるUltra Bookかタブレットを買うべし。
ブログ以外にも利用価値は色々あるでしょう。
但し現在購入資金がない為、資金が貯まるまで一週間に一回を目標に時間を確保し、その時だけは重さを我慢してMac Book Proを持ち運ぶ。
 
 
精神的な理由
・それなりに考えてブログを書かなくては!という自分へのプレッシャー
はてなユーザーのブログは考察系が多く、文章も長い。硬派なイメージ。
ちゃんと目的を持って、能動的にブログを運営している人が多いと思います。
対しamebloは、なんとゆーか、つぶやき系ブログが多い傾向がある気が。
言って見れば、facebookや、instagramの延長というか・・。
amebloでは、「今日の目標は朝8時起床、転職のSPI勉強時間は2時間。→達成できましたー!」みたいな3秒で終わるような文章でもガンガンアップしてましたが、
はてなだと、ちゃんと文章書かなきゃ・・・!自分なりに考えた記事かかなきゃ・・・!とすっかりフットワークが重くなっています。
 
→そもそも、ブログは自分が自分の好きなように活用していいものです。
誰からも強制されるものではないし、そもそも読者数もゼロに近いこの零細ブログで自意識過剰になる必要はなし。
変に自分でブログ投稿のハードルを上げるのではなく、もっと気楽に書いていくマインドを持つべし。
 
 
 
散々ブログを続けるには!を書いたにも関わらず、Mac Book Proを果たして週に一回も外へ持ち運ぶのか、というところが最大の不安、問題の先送り感が半端ないですが、とりあえず来週土曜日、ちゃんとしたブログの更新を目指します。
 
頑張れ自分!

201502 ココ・シャネル 女を磨く言葉 -高野てるみ-

読書

獅子座の女、ココ・シャネルの名言集。

働く女性、世界に影響を与えたキャリアウーマンの先駆者としてのシャネルの言葉には、勇気づけられること、気づかされることが沢山ありました。
 
本書の構成に倣って、ファッション・恋・仕事・美意識の4つのジャンルから私が気に入った名言を記しておきます。
 
 
・ファッション
「わたしは女の肉体に自由を取り戻させた。」
 
女性がコルセットをまだ常用していた時代、シャネルはくるぶしの見える丈の短い、そしてゆったりとした着心地のジャージー素材のドレス(今でいうワンピース?)を発表し、一大センセーションを巻き起こしたそうです。
シャネルの出現で、コルセットや丈の長いドレスで動きを制約されていた女性達がいかに感銘を受けたかは想像に難くありません。
女の肉体に、と言葉では表されていますが、身につけているものが身軽になったことで、女性の意識もどれほど自由になったことか。
女性解放をファッションという分野から押し進めたシャネル。彼女のおかげで謳歌できている自由が、今の私にも確実にあるはずです。
 
 
・恋
「家で待つだけの女になってはいけない」
 
家で待つこと(=家に入ること)を選択して生きていくことも、その人ぞれぞれの価値観や環境もあるので、私はいいと思います。でも、シャネルの伝えたいことは、物理的に家で待っていることを選んだ女性でも、自立の心を忘れないことなのかな、と。
相手に依存しきることなく、自分の人生を自分でコントロールしていく意識を失わずに生きていくこと。シャネルの自立心の高さを感じることのできる一言です。
 
 
・仕事
「翼を持たずに生まれてきたのなら、翼を生やすためにどんなことでもしなさい。」
 
仕事に限らず、どんなこともやったことがなければできないのが当たり前。何かを成し遂げている人たちだって、最初は何も持っていなかったはずです。
しかしとかく私たちは既に持っている人達のそれまでの努力を認めずに、勝手に自分には無理と諦めたり、あの人は特別だと思いがちです。
既に持っている人をうらやむのではなく、そして持っていない事を素直に認め、がむしゃらに泥臭く追い求めることを恥ずかしいと思わずに、精進していきたいものです。
 
 
・美意識
「現実的であることは、ちっとも夢がないじゃないの。わたしは夢を見ていたいのよ。」
 
日々の雑事に精一杯で、夢を見ることをたまに忘れてしますのですが、私には夢なのか、野望なのか、想う未来があります。
年齢によって私の夢も形を変えているのですが、常に何かしら手に入れたいもの、憧れるものが必ずあります。
夢を語って悩んだこと、がむしゃらに頑張ったこと、達成した時の高揚感、挫折して出会う新しい価値観や出会いは、自分の人生をこの上なく豊かにしてくれると私は思います。
そして、夢を語ることは未来を語ること。
そこには一切のネガティブさはなく、爽やかな前向きさがあります。
いつかは終わる自分の人生なら、沢山の夢を見て、精一杯前向きにがむしゃらに一瞬一瞬を生きていきたいと思うのです。
 
 

 

ココ・シャネル 女を磨く言葉 (PHP文庫)

ココ・シャネル 女を磨く言葉 (PHP文庫)

 

 

 

201501 家族という病 -下重暁子-

読書
久々に新書を読みました。
「家族ほどしんどいものはない」というコピーに惹かれて衝動買い。
読後、自身の家族感についても色々思案しました。
 
両親が共に健在で、子供は二人、時にはペットの犬もいる、みんなに笑顔あふれる暖かい家庭・・・。
広告やCM、時にはドラマや映画で上記のような幸せな家族の風景が正しいと私たちは無意識のうちに植え付けられていますが、そんな家族は果たして多数派なのか、その価値観に苦しめられている人も、その価値観の為に家族に対して思考停止に陥っている人もあるのではないか、と筆者は問いかけます。
 
家族といえど、他人の集まりであり、他人が一番深く関わりあう場であれば、そこには数多くの感情や事件が起きます。
世の中を騒がしている家族間での殺人事件等・・・。
私は、「なぜ家族同士がこんな事件を!」とは思いません。むしろ、関係が密になってしまう家族だからこそ、起きてしまう事件も多いと考えています。
私は、自分の周りを見渡してみても、何も問題を抱えていない家族が決して多いとは思いません。
夫婦仲が悪かったり、夫婦仲がよいと思えば親子関係が上手くいっていなかったり。
そもそも、数十年前、祖父母の代にプラスちょっと遡った程度でも、養子や妾、家族の構成だって今とは違ったでしょうし、戦後は今でいうシングルマザーに当たるのでしょうか、過酷な環境の中女手一つで子供を育てざるを得なかった家庭だって多かったと思います。
 
家族=幸せの象徴なんかでは決してないと思いながらも、でも、かけがえのない存在で、心の拠り所であることは確かな「家族」という関係。
家族の中の母親、父親、兄弟という役割に捕われることなく、自分自身も、そして家族一人一人を個人として見つめることができた時、自立の意識が生まれ、本当の意味で家族のことを知り、他人だからこそ、家族でいてくれていることに感謝し、心地の良い距離感を得ることができるのではないでしょうか。

 

 

家族という病 (幻冬舎新書)

家族という病 (幻冬舎新書)

 
家族という病 (幻冬舎新書)

家族という病 (幻冬舎新書)